飯能の旧名栗村地域に残る代表的な伝説です。竹沢庫太郎さんの「昔がたり」を町田泰子さんが採録したものです。紙芝居制作は、「名栗図書の会」の皆さんです。
(Sorry, English version is not available.)
飯能の旧名栗村地域に残る代表的な伝説です。竹沢庫太郎さんの「昔がたり」を町田泰子さんが採録したものです。紙芝居制作は、「名栗図書の会」の皆さんです。「ウノ田ワ」の伝説
昔、秩父浦山の毛附にひとりの猟師がおりました。弓矢をかついで、よく山の中を歩いては獲物をみつけては射っておりました。
この日も名栗の山を歩き、家路に向かっておりましたが、「ウの田の池」にさしかかりました。
猟師は、こんな山の上に池があるとはふしぎなことだ。きっと主(ぬし)でもいるにちがいないと思いましたので、池に向かって、「池の主よ、正体があるものなら、その姿をみせてくれ。」といいました。
すると、ウが水面に姿をあらわしました。猟師は弓に矢をつがえ、ウにねらいをさだめ射ました。
矢はウに命中したので真っ赤な血が流れました。すると、池の水は、一せいに浦山の方へ流れだして、忽ちなくなってしまいました。
猟師は、このウを持って山をかけおりて家に帰りました。その時、ウの肉の入れ物としたのが今でも姿を残しているスズで作られたスズ箕(み)しょうぎだとのことです。
それからというもの、この猟師の家には災難が続きました。これは、あのウを殺したたたりだろうと、石塔を家の中に建てて供養しました。その家は屋号も石塔といい、昌安寺の近くにあるということです。
竹沢庫太郎氏談
後日談
今は亡き主人と石塔という家をたずねました。そこの御主人にお話を伺いましたが、そのお話によると、その鵜を射った人は、この家の関東(せきとう)某という猟師だそうです。
そして、その時使った弓はそこから3粁(キロメートル)離れた冠岩部落の山の中のお地蔵様におさめて祀ってあるということで登っていってみました。車から降りて20分、冠岩部落におじいさんとおばあさんだけで暮らしている家が一軒ありましたので、ここできいてそのお地蔵様へ行きました。屋根もかこいもあって、お地蔵様、青石塔婆が祀ってあり、上に弓がちゃんと祀ってありました。
そこからは、すぐ鳥首峠へ通じるかのように頂上がすぐみえましたが、初冬の夕暮れは早く、暗くなりそうなのですぐ戻りました。
(出展:『名栗の伝説』町田泰子著/紙芝居:「名栗図書の会」)
現在の「ウノ田ワ」
(撮影/中村綱秀)
「名栗図書の会」
「名栗図書の会」は、手作りの紙芝居「名栗の伝説」のシリーズで、ボランティアの語りの会を開催しています。












